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四季の詩

自然農や普段の生活を通して感じたことを綴ったブログです。

能勢に引っ越しました。

能勢の家のリフォームがひとまず一段落したので6月1日に能勢に引っ越しをしました。

ここの建物は約30年ほど前に父親が脱サラして工場として建てたもので父親が亡くなってから約十数年間放置されていました。

昨年の春頃にこの建物の中に入ったときの状態は空気が澱んでいてカビと埃だらけで、床は所々剥がれたりしていてとても人が住めるとは思えないような状態でした。

昨年の11月に退院してからほぼ毎日ここに通ってリフォームの作業を続けてようやく人が住める状態になりました。

 

今はこんな感じになってます。(リフォーム前の写真は気持ち悪くて撮れませんでした)

 

玄関の部屋から見たところ

 

玄関の部屋は作業スペースに

 

奥の部屋はプライベートルームになってます

 

プライベートルームから見た景色 

 

元々あった作業台を加工してシンクを付けてタイルを貼ってみました

 

トイレは和式を様式に

 

暗くなるとたくさんの蛾たちが集まってきて窓にへばりついてます

 

これからも住みながらお風呂を作ったり作業を続ける予定です。

 

 

今回のリフォーム作業を通して感じたり考えたことをまとめてみました。

 

○当たり前のことの有り難さ(水の有り難さ)

リフォームで苦労したことの一つが水の問題でした。井戸はあったものの昔使っていたポンプは壊れていて新しく入れ換えれば済むと考えていたのが配管まで交換することになったのとメインの部屋に新しくシンクを作ってそこに水道を引いてくるまでが大変な作業でした。なので水がでるようになって改めて水が出ることの有り難さを痛感しています。

 

○地道に進めば必ずゴールに辿り着く

リフォームの作業に約6ヶ月かかりました。終わってみれば作業前と大きく変わりましたが作業していた毎日はほんの少ししか作業が進みませんでした。でもその1日1日の積み重ねがあったからこそ今があるんだなと思いました。サボろうと思えばいくらでもサボれたけど自分でやならないと一歩も前に進まない。やれば例え少しでも確実に進むという当たり前のことだけど大切なことを経験ました。

 

○人生で起こることはいいいこともそうでないことも何か意味がある

リフォームに6ヶ月という時間を要したけれどこれができたのも事故をして仕事を休んでいる期間があったからこそ。退院してすぐに仕事が出来ると考えていたけどドクターからのOKも出ず、ようやく様子見ながら無理せずに始める許可はでたものの今度は職場からOKが出ずい今に至ったけどここまで作業に集中できたのは昨年の事故のおかげだなと思う。事故に遇ったこと自体はよくないことだったけど今考えればとても幸運なことに思える。

今は過去から繋がっている。

 

○人生とは経験すること

今回初めて経験する作業ばかりでわからないことだらけで毎日失敗の連続だったけど最後の方はその失敗も楽しめるようになってきた。失敗を楽しめるなんてそんな人生が待っていたなんて思いもよらなかったけどそれが人生なのかなと思った。

 

○自分の手で何かを作ることの楽しさ

人の手ってすごい。何でも作れるんだなと思う。キーボードを打つことにしか使わないなんてもったいないなあ。

 

 ○みんなに支えられながら生かされていrる

入院中から感じていたことだけど今回の作業を有形無形の形で応援してくれたり助けられたりしながらようやくここまでこれた。なかなか作業が思うように進まなかった時も励ましや必要な工具や知恵を頂いたりしたことでい行き詰まったり心がお折れそうになった時も何とか前に進むことができた。いいろいろな方に支えられながら生きていることを改めて実感した。

応援してくださったみなさん、有り難うございました。

 

○人も自然の中の生き物のひとつ

これはここに住んでみて感じたことだけど、山にある家なのでいろんな生き物が家の中にも周りも出てくる。まあ彼らの住んでいるところに住んでるので当たり前なんだけど。家の周りに自生している草や木も含めていろいろな生き物の生命の循環を感じる。どの生き物もその生き物の力だけで生きているものはいないし必要のない生き物などない。それぞれが何かの役目があって生きている。人も彼らと全く同じで自然に生かされていることを実感する。こういう場所に身をおけていることに幸せを感じる。 

 

ここに居るとたまに堪らなく寂しく感じることもあるけど全部いいことばかりの人生なんてないし辛い悲しいことがあるのも人生。

いいこともそうでないこともこれからどんな経験ができるか楽しみにしながらここで暮らそうと思う。

畝立て終了!

少し前のことになりますが先月27日に畑の13個目の畝が完成しようやく全ての畝立てが終わりました。

一昨年末頃に13年間何も栽培されずにいた畑(元は田圃)を借りて昨年4月末から作業を開始して丸一年かかりました。面積は約3畝ほど(3.67㌃)で畑としてはそれほど広くありませんが、百姓一年生の僕には丁度よい広さです。

その広くない畑の畝立てに一年も時間がかかってしまったのは昨年9月の事故で中断したこともありますが耕運機など機械に頼らずに人力だけで畝を立てていたからです。畝立てをする前に荒く畑全体を耕運する必要があったのでその作業だけは近くの農家さんに耕運機でやってもらいましたがその後の畝立て作業は全部自力でやりました。

僕がやった畝を立ての作業工程は、まず畝の上に生えた草を鎌で刈って畦などによけて置いておきます。そして畝の両端に支柱を立て、支柱の間に縄を張ってその縄に沿ってスコップで畝と畝の間の溝を掘り、掘った土を畝の上に上げていきます。上げた土は塊になっているので鍬の背で叩いて砕いていきます。溝は雨水が畑に溜まらないように排水をよくするために平らにしておく必要があるのでスコップで上げきれなかった土を鍬で畝に上げていきます。上げた土は鍬やレーキという農具で均して畝の上を平らにしていきます。そして最後に刈って置いておいた草を畝に載せてようやく作業完了です。最初の頃は要領を得ずにやっていたので一畝作るのに数日かかっていました。実際には入院前は仕事をしながらだったので仕事が終わったあと日暮れまでの1~2時間と休日にやるといったペースだったのでもっとかかってました。退院後も本格的に作業をやり出せたのが4月からだったのとリフォーム作業をしながらだったのでやはり時間がかかってしまいました。

恐らく端から見れば耕運機や管理機を使えば数日あればできてしまう作業をわざわざ手作業でやらなくてもと思われていたと思います。僕が敢えて手作業を選択したのは、昔のまだ便利な機械がない時代の先人の農家さんがやっていたことを体験してみたかったのと自分の力でやり遂げたときにどんな気持ちになるか体験してみたかったから。それと出来るだけ畑でエンジンものを使いたくなかったから。

そしてやってみてやり遂げた時は何とも言えない感動と達成感と満足感を味わうことができました。完成した畑を只呆然としばらくの間眺めてました。スコップの一掘り一掘りが最終的に全ての畝の完成に繋がっている。やり始めた時は先の見えない果てしないことのように思えた作業もこの一つ一つの小さな作業の積み重ねがあってこそ。これは自分でやらないと分からない体験。そしてすべて自分の責任。サボっても誰からも文句は言われないけど自分がやらないと一歩も前には進まない。これも人生と同じやなあと思いながら作業してました。

僕は農薬も肥料も使わないのはもちろん今回作った畝をこの先は耕さない不耕起で作物を育てる農法なのでこの畑ではもう同じ苦労と充実感を味わうことはないと思うとちょっと寂しい気もするけど、これで終わりではなくてこれからが僕の農業の本当のスタートになるからこれからどんな体験ができるのか、また次の新しい経験(いいことも良くないことも)ができることにわくわくしています。

新しい畝の土の中で多様な微生物や菌や虫や小動物が活動していい畑になるにはこの先何年かかかると思うけど目に見えない変化なんかも感じながらこの畑を見守って自分もこの畑と一緒に成長していければいいなと考えています。

 

 畝立て前の畑

 

畝完成後の畑

 

ブログ始めてみました。

 2014年に転職して以来これまで本当にたくさんの方に助けて頂いたり応援して頂きありがとうございます。 

特に昨年秋の事故での入院以降に皆さんに頂いたものが何らかの形で大小さまざまなミラクルを引き起こし、日々楽しい体験をさせてもらっています。

退院後に始めた能勢の家のリフォームや先月からようやく再スタートした畑の作業も毎日失敗ばかりですが今はその失敗も含めた初めての経験が楽しくて仕方ありません。

失敗をこんな風に思えるようになった自分にも嬉しく思えています。

 

最近ではミラクルが起こりすぎて7ヶ月もの間仕事(給料をもらうという意味の)もしない期間を過ごしてきて、毎日お金にならないリフォームの作業を退院からずっとしてきた体験から世間で言う常識が本当にそれでいいのかとか、どうしてそうなってるんだろう、こう考えたらいいんじゃないかとか作業しているとふと沸き上がってきます。

これまでFacebookに近況などを時々投稿していましたが、今回ブログを開設し、そんな沸き上がってきたことや日々の作業、畑の様子、それを通して僕が感じたことなどをできるだけこのブログに書き綴っていこうと思います。

 

みなさんもそんなことも含めみなさんなりの楽しみ方でこのブログを楽しんでもらえたらと思います。

 

そう、僕だけではなくて僕のやっていることがみなさん一人一人が自分の人生を楽しむことにも繋がっていけたらこんな素敵なことはないなぁと思います。

 

「自分の人生を生きる」

 

この言葉が今とても心に響きます。

 

世間の常識や他人からどう思われるかとかから出来るだけ自分を解放して自分のやりたいこと、心から沸き上がってくることをしてみる。

 

自分の気持ち、魂の声を聞いてそれに従う。

 

これからどんなことが待っているのかわかりませんがどんなことが起こっても他人やまわりのせいにせずに自分が選択した結果として受け入れていく。

 

出来る自分も出来ない自分もイケテる自分もイケてない自分ももうとにかくどんな自分も受け入れて大切にする。

 

そしてみなさんの感じたこと、やりたいこと、生き方も尊重し応援したい。

 

僕はそういう生き方をしていきたいと思います。

 

今リフォームしている能勢の家や畑も僕だけではなくみなさんの人生を楽しむことに繋がって、そんな係わり方をしてもらえたら嬉しいです。

 

これからも色んなことを経験して感じられたらいいなと思います。

 

 

=このブログの名前「四季の詩」について=

僕の今後の活動の拠点になる能勢の家やその活動についての名称を考えました。

「四季の詩(うた)」

にしようと思います。

この名称にした経緯を少し長くなりますがお話します。

以前から何か屋号的な名前をつけたいと考えていて日本語で自然と共にあるような素敵な名前はないか考えていました。

四季はまさに春・夏・秋・冬。

日本にはこの春夏秋冬がありそれぞれの季節によってとても豊かで素晴らしい表情をその土地土地で見せてくれます。

時に厳しく時に優しく、季節は巡り同じ季節が続くことはない・・考えてみると人生も同じだなぁと。

僕だけではなく人は皆人生の中に春夏秋冬がある。

そんな皆それぞれの春夏秋冬を尊重し楽しんだり癒されたりできる場所でありたい。

また四季の音は「死期」と同じ。

ネガティブな意味ではなくて自分の人生の終いの時は自分で悟りたいという思いと人は人生の中で古い自分、過去の自分が死んで何度でも生まれ変われるという意味も込めています。

そして「詩」は僕の人生になくてはならないもの。

思えばいつも音楽は僕の側に寄り添ってくれて勇気づけてくれたり慰めてくれた。

音楽も自然と同じ。

耳を澄ますと自然も詩を奏でている。

雨や風そして生き物たちも。

ということで「四季の詩」にしました。(*^^*)

 

こんな感じでぼちぼち始めていきますのでよろしくお願いします。